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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)94号 判決 1998年5月28日

東京都調布市深大寺北町7丁目30番地4

原告

波多野勇

訴訟代理人弁理士

井上清子

亀川義示

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

伊藤頌二

菅野芳男

石井勝徳

田中弘満

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成7年審判第8851号事件について平成9年3月24日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「手袋」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、平成2年5月9日実用新案登録出願(平成2年実用新案登録願第48234号)したところ、平成7年2月24日拒絶査定を受けたので、同年4月27日審判を請求し、平成7年審判第8851号として審理された結果、平成9年3月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年4月5日、その謄本の送達を受けた。

2  本願考案の要旨

2枚のプラスチックシートを重ね合わせ、周縁を溶着(3)して扁平な手袋形状に形成し、一方の側縁に差入口(2)を形成し、該差入口(2)に続いて手のひら部(1)を設け、該手のひら部(1)の先につけ根部(4)を介し5本の指部分(5)、(5)・・・を放射状に形成し、各指部分(5)の両側縁をつけ根部(4)より指先に向かって延びる直線状の溶着線(3c)、(3c)で形成して該溶着線(3c)、(3c)を指先部において凸状かつ円弧状にわん曲する溶着線(3a)で連結すると共に、隣接する指部分(5)、(5)各側縁の溶着線(3c)、(3c)をつけ根部(4)、(4)の間において凹状かつ円弧状にわん曲する溶着線(3b)で連結した手袋において、該つけ根部(4)、(4)の間の溶着線(3b)を、つけ根部(4)において上記直線状の溶着線(3c)、(3c)に内接する円弧(c)の半径(r)より大きな半径(R)の円弧で形成して上記直線状の溶着線(3c)より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて該直線状の溶着線(3c)の下端部に連結したことを特徴とする手袋(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、昭和63年特許出願公開第303104号公報(以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、「2枚の軟質シート材である平面プラスチックフィルムを重ね合わせ、そで口を開けるように漏斗状のそでの部分11に端17が設け、扁平な手袋形状の端にそって重ねたフィルムの内壁を互いに熱シールし、そでの部分11に続いて手のひら部分10を設け、手のひら部分10の先に5本の指部分、すなわち、親指の部分12、人差し指の部分13、中指の部分14、薬指の部分15、小指の部分16を放射状に設け、指先部を凸状かつ円弧状にわん曲する熱シールで連結形成すると共に、人差し指の部分13、中指の部分14、薬指の部分15の側縁は大きな湾曲状で親指の部分12、小指の部分16の側縁は直線状に熱シールで形成し、軟質シート材料が裂けるような鋭い角を避けるために、指の部分のつけ根部分は実質的に一定の空間があって、隣接した指の部分は、へこんだ曲線、好ましくは半径R及び弧の形状で熱シールし、特に、中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅W1は小さくした手袋」が、図面とともに記載されている。

(3)  そこで、本願考案(以下「前者」という。)と引用例記載の発明(以下「後者」という。)とを比較すると、

後者の「プラスチックフィルム」は、前者の「プラスチックシート」に相当し、同様に「熱シール」は「溶着(3)、および、溶着線(3a、b、c)」に、「そで部分11の端17」は「差入口(2)」に、「親指の部分12、人差し指の部分13、中指の部分14、薬指の部分15、小指の部分16」は、「5本の指部分(5)、(5)」にそれぞれ相当するから、両者は、

「2枚のプラスチックシートを重ね合わせ、周縁を溶着して扁平な手袋形状に形成し、一方の側縁に差入口を形成し、差入口に続いて手のひら部を設け、手のひら部の先につけ根部を介し5本の指部分を放射状に形成し、指先部を凸状かつ円弧状にわん曲させて溶着線で連結すると共に、隣接する指部分のつけ根部の間を凹状かつ円弧状にわん曲する溶着線で連結した手袋」である点で一致し、次の点で一応相違する。

<1> 前者が、各指部分(5)の側縁を、つけ根部(4)より指先に向かって延びる直線状の溶着線(3c)、(3c)で形成したのに対し、後者の人差し指の部分13、中指の部分14、薬指の部分15の側縁は大きなわん曲状である点。

<2> 前者の各指のつけ根部(4)、(4)の間の接続は、指部分の両側縁に内接する円弧(c)の半径(r)より大きな半径(R)の円弧で形成して側縁より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて側縁の下端部に連結したのに対し、後者は、指のつけ根部の接続は、実質的に一定の空間があり、半径R及び弧であるへこんだ曲線によって連結している点。

(4)  次に、上記各相違点を検討する。

(相違点<1>について)

2枚のフィルムを溶着した手袋において、指部分の側縁をつけ根部より指先に向かって延びる直線状の溶着線で形成することは、本出願前周知(例えば、昭和36年実用新案登録出願公告第29844号公報、昭和57年実用新案登録出願公開第83111号公報を参照。)であり、かつまた、後者の親指の部分12や小指の部分16の側縁も直線状であるから、後者の各指部分、すなわち、人差し指の部分13、中指の部分14、薬指の部分15を含めた側縁を直線状にすることは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎず、それによる効果も予測される範囲内であり、上記の相違点<1>は格別のものではない。

(相違点<2>について)

後者も、隣接した指とのつけ根部分は、実質的に一定の空間があって、半径R及び弧のへこんだ曲線でつながっており、特に、中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指の根本の幅W1を小さくして、つけ根部分が幅Wmaxの場合よりも隣接する間隔は大きくなっており、これは、軟質シート材料が裂けるような鋭い角を避けるためであるとしていることからすれば、後者の指のつけ根の連結部分は、ある程度の大きさの半径Rを有しなければならないのであり、この際に指のつけ根部分は、より大きな半径R及び弧にすれば、より裂けづらくなることは明らかであるから、後者の各指のつけ根部分においても、更に強度を高めるために、より大きな円弧の半径、すなわち、指部分の両側縁に内接する円弧の半径より、大きな半径の円弧で形成して側縁より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて隣接する側縁の下端部に連結するようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎず、相違点<2>も格別のものではない。

以上のように、上記の各相違点は、いずれも格別のものとは認められず、それらを総合する上で、格別工夫を要するものと認められず、その総合により格別の効果を奏するものとも認めることができない。

(5)  したがって、木願考案は、引用例記載の発明並びに周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものと認められるから、本願考案は、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用例記載の発明について「親指の部分12、小指の部分16の側縁は直線状に」形成し、「特に、中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅W1は小さくした」との認定を争い、その余は認める。同(3)は認める。同(4)のうち、2枚のフィルムを溶着した手袋において、指部分の側縁をつけ根部より指先に向かって延びる直線状の溶着線で形成することは、本出願前周知(例えば、昭和36年実用新案登録出願公告第29844号公報、昭和57年実用新案登録出願公開第83111号公報を参照。)であるとの認定は認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、相違点<1>、<2>の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点<1>の判断誤り)

ア 審決は、引用例記載の発明の親指の部分12や小指の部分16の側縁も直線状であると認定した。しかし、この両指の側縁は、全体として緩やかなわん曲状になっているものであり、直線状ではないから、上記認定は誤りである。

イ 引用例記載の発明は、指の部分の側縁が、従来直線状に形成されていたものを中間の位置で広幅にした大きなわん曲状に形成して指抜けを防止しようとするものであり、この点に特徴を有するものである。したがって、引用例記載の発明においては、その指の部分の側縁を、大きなわん曲状から直線状にするということは、その発明を逆行して従来の技術に戻すということであるから、全く考え得ないことである。

ウ 以上のとおり、引用例記載の発明の指の側縁は、本願考案のそれのように直線状とするのを否定して新規な構成であるわん曲状を採用しているのであるから、引用例記載の発明に、その否定した直線状の構成とする周知技術を適用することが、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項ということはできず、審決の上記判断は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点<2>の判断誤り)

ア 引用例には、指の部分の幅は、指のつけ根の部分の幅W1から指のつけ根と先の中間の位置で最大の大きさWmaxが使用者の指の関節をうける位置にあることから、指を曲げたときにも手袋の指の部分から指が抜けることをなくしたものである旨記載されている。

したがって、引用例記載の発明は、指のつけ根部分の幅W1を基準として中間の位置の幅がWmaxとなるように拡げ、この最大幅の部分で指の関節を受けるようにして指の抜けを防止するようにしたものであって、指のつけ根の幅W1を小さくするという技術的思想は、引用例には存在しない。

イ 引用例の図面を見ると、指の部分の側縁は大きなわん曲状になっているとともにその指のつけ根部分が半径Rの円弧で、手のひら側へへこんだ曲線になっている。そして、この半径Rの円弧は、指のつけ根の部分において隣接する側縁の間の幅より大きな円弧になることなく、従来の手袋と同じように、その幅と同じ幅をもって側縁の下端部に連結している(実質的に一定の空間があって、半径Rの円弧のへこんだ曲線でつながっている)。

このように、引用例記載の発明の半径Rの円弧はその大きさで充分であり、これを更に大きくする必要はなく、その指のつけ根部分の円弧を大きくしようとするような技術的思想は、引用例には全く存在しない。

しかも、指のつけ根の部分において、上記円弧を隣接する両側縁の間の福と同じにする場合と、その幅より大きくする場合とでは、つけ根部分の強度等において顕著な違いがある。

ウ 本願考案は、(1)手指に装着した手袋が脱落するのを防止する、(2)手袋の指のつけ根部に加わる力が集中することを防いで、その部分のシール強度を高める、という2つの目的(若しくは作用効果)を達成するために、「つけ根部(4)において上記直線状の溶着線(3c)、(3c)に内接する円弧(c)の半径(r)より大きな半径(R)の円弧で形成して上記直線状の溶着線(3c)より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて該直線状の溶着線(3c)の下端部に連結したことを特徴とする」という相違点<2>に係る構成を採用している。

これに対して、引用例記載の発明は、上記本願考案における(1)の目的に相当するものを、指の中間の位置で最大幅となるようにその幅を大きくするという構成を採用することによって実現し、上記(2)の目的に相当するものを、隣接する指のつけ根の部分を実質的に円弧であるようにすることによって実現しており、2つの目的(若しくは作用効果)を全く別異の構造を採ることによって各別に達成しているのである。

したがって、本願考案と引用例記載の発明は、その目的を達成し、作用効果を奏するための技術的思想を全く別異にするものである。

エ よって、指のつけ根部分において「より大きな半径の円弧、すなわち、指部分の両側縁に内接する円弧の半径より、大きな半径の円弧で形成して側縁より内方へ引き入れ、その端部を反転せしめて連結するようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項」であるとした審決の判断は誤りである。

オ 被告は、引用例について、指14が中間の位置で最大の幅Wmaxであって、指のつけ根部の部分の幅よりも大きいことをもって、「中指の部分は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅高W1は小さくしたこと」にほかならないと主張する。しかし、指の中間の位置でその幅を広くしたことが、指のつけ根部分の幅を狭くしたことになるものではない。なぜならば、指の中間部分の幅を広くしようと、あるいは広くしないで従来の先細のままにしておこうと、指のつけ根部分の幅に何等の変化が生じているものではなく、不変である。被告の主張は、指の中間部分の幅が相対的に狭く見えることとなり、そのことの故に、指のつけ根部分の幅が狭くなったと錯覚しているだけのことで、指のつけ根部分の幅には何の変化、すなわち、幅が狭くなるということにはなっていないのである。

カ 本願考案は、現に実施しているが、平成5年2月の発売以来その販売数量も急速に増大し、平成9年には2億枚以上を販売し、約5年間で総計6億枚を越える販売実績を上げているものであるが、これも、本願考案の優秀性が好評を博し、使用者の間に広く受け入れられて行ったことによるものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 引用例記載の発明の親指の部分12や小指の部分16の側縁も直線状であるとした審決の認定が誤りであることは認める。しかし、審決は、2枚のフィルムを溶着した手袋において、指部分の側縁をつけ根部より指先に向かって延びる直線状の溶着線で形成することは、本出願前周知であり、上記周知技術を適用することが当業者が適宜選択し得る設計的事項と判断したのであって、上記認定は補助的に用いたにすぎないから、審決の結論には誤りはない。

イ 原告は、引用例記載の発明は、指の部分の側縁が、従来直線状に形成されていたものを中間の位置で幅広にした大きなわん曲状に形成して指抜けを防止しようとするものであるから、それを大きなわん曲状から直線状にするということは、その考案を逆行して従来の技術に戻すということであると主張する。しかし、引用例に「指の部分の最大幅が使用者の指の関節をうける位置にあることから、使用するにより具合がよいことがわかった。だから、指の部分が外見上先細である従来の手袋のように指を曲げると、その指の部分から指が抜けるようなことがなくなった。」(2頁左下欄1行ないし6行)と記載されていることからすれば、指の関節を受ける位置が幅広であれば、指が無理なく挿入できるのであって、技術的思想としては、指部分の側部に関して幅広であれば、わん曲状であろうが直線状であろうが、指の関節部分を許容できる幅広であればよいと解すべきである。引用例で従来の形状が不都合としたのは先細形状であって、指部分の側縁が直線状であることを不都合としたのではないから、指部分の側縁を直線状とすることは技術的思想の逆行とはならない。

(2)  取消事由2について

ア 原告は、引用例には指のつけ根の幅W1を小さくするという技術的思想が存在しないと主張する。しかし、引用例の指14は、中間の位置で最大の幅Wmaxであって、指のつけ根部の部分の幅W1よりも大きく、このことは、「中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅W1は小さくしたこと」にほかならない。

したがって、引用例には、「中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅W1は小さくしたこと」が実質的に記載されている。

イ 原告は、引用例記載の発明の半径Rの円弧はその大きさで十分であり、これを更に大きくする必要はなく、その指のつけ根部分の円弧を大きくしようとするような技術的思想は、引用例には全く存在しないと主張する。しかし、引用例の技術的事項は「中指の部分14は、指の中間部分での幅Wmaxよりも指の根本の幅W1を小さくして、つけ根部分が幅Wmaxの場合よりも隣接する間隔は大きくなっており、これは、軟質シート材料が裂けるような鋭い角を裂けるためである」から、この技術的事項に基づく審決の判断に誤りはない。

ウ 原告は、本願考案は、(1)手指に装着した手袋が脱落するのを防止する、(2)手袋の指のつけ根部に加わる力が集中することを防いで、その部分のシール強度を高める、という目的(若しくは作用効果)を1つの構造によって同時に満足させるものであるのに対し、引用例記載の発明は、上記(1)、(2)に相当する目的(若しくは作用効果)を各々に対応した2つの構造を各別に満足させようとするものであると主張する。しかし、引用例記載の発明も、中間部分での幅Wmaxを大きくした構成だけではなく、指のつけ根は中指14の中間部分での幅Wmaxよりも指のつけ根の幅W1が小さくなり、指の部分のつけ根で実質的に一定の空間を保つことと相俟って、指が抜けにくくなっているのであって、結局、手指に装着した手袋が脱落するのを防止するのであるから、上記(1)の作用効果を奏する。また、引用例記載の発明も、指のつけ根に円弧Rを付すことによって、手袋の指のつけ根に加わる力が集中することを防いで、その部分のシール強度を高めているから、上記(2)の作用効果を奏する。

したがって、引用例記載の発明も、手袋の指のつけ根部分の全体の構成から、上記作用効果(1)、(2)を同時に奏するものであるから、原告の主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願考案の概要

成立に争いのない甲第3号証の3(平成7年4月27日付手続補正書)、4(平成8年9月24日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願考案の概要は、以下のとおりと認められる。

1  本願考案は、主として厨房、食品加工工場等において衛生用手袋として使用される薄いプラスチックシート製の使い捨てタイプの手袋に関するものである。(平成7年4月27日付手続補正書1頁17行ないし18行)

一般に手袋は、装着する手指の構造に制約されてつけ根部間の間隔を拡げることができず、同間隔は指先部の幅などに比べて著しく狭くなっており、このため手袋を嵌めて作業中、つけ根部が損傷を受けやすく、これを防ぐため従来の手袋ではつけ根部の角部をなくすよう、両側縁に内接する円弧(c)(第2図)をもってつけ根部とつけ根部の間を連結している。しかし、本願考案の手袋のごとくプラスチックシートを溶着して作られる手袋では、従来の手袋のごとくつけ根部とつけ根部の間を単に両側縁に内接する円弧(c)をもって連結しただけでは円弧が小さく、未だ不十分で、手袋を嵌めて作業中、指の屈伸等による力がこの曲がりの急で狭い部分に集中し、短時間の間に溶着部のシールが離れて手袋の役割を果たせなくなる欠点があり、また、これを防ぐため、つけ根部間の間隔を拡げて曲がりをゆるやかにすることも、上述のように人体の手指の構造に制約されて困難であり、また実際、指部分のつけ根部間の間隔を拡げた場合は、手袋の形状がより大きな扇形となり、手袋としての機能を果たせなくなる。(平成8年9月24日付手続補正書2頁14行ないし下から3行)

2  本願考案においては、その要旨とする構成を備えている。(平成7年4月27日付手続補正書2頁下から8行目ないし3頁2行目、平成8年9月24日付手続補正書3頁6行ないし23行)

3  本願考案は、つけ根部(4)、(4)の間のわん曲した溶着線(3b)を隣接する指部分側縁の直線状の直線状の溶着線(3c)、(3c)に内接する従来の溶着線の円弧(c)の半径(r)より大きな半径(R)の円弧で形成して指部分側縁の直線状の溶着線(3c)(の延長線)より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて該直線状の溶着線(3c)の下端部に連結したので、つけ根部(4)、(4)間の間隔を拡げることなくわん曲した溶着線(3b)の曲がりをゆるやかにしてその幅を拡げ、この部分に加わる力が集中することを防いでこの部分のシール強度を高めることができ、また、指部分側縁より内方に入り込ませた溶着線(3b)によりつけ根部(4)に絞り部が形成されるので、作業中この部分が手指に密着して手袋の脱落を防止することができる等の実用的な効果を有している。(平成8年9月24日付手続補正書3頁下から3行ないし4頁下から4行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1について

(1)  成立に争いのない甲第2号証(引用例)によれば、引用例には、「この発明に係る手袋は、この手袋が平らな状態において、少なくとも1本の指の部分の幅が、手のひらの部分に隣接した第1の位置での第1の大きさから、その第1の位置と指の部分の先の部分との中間の位置で、第2の最大の大きさに広がることを特徴とする。これは、指の部分が外見上先細の形を有している従来の使い捨て手袋と対照的であり、本発明に係る手袋は、1本あるいはそれ以上の指の部分の最大幅が使用者の指の関節を受ける位置にあることから、使用するにより具合がよいことがわかった。だから、指の部分が外見上先細である従来の手袋のように指を曲げると、その指の部分から指が抜けるようなことがなくなった。」(2頁右上欄13行ないし左下欄6行)、「隣接した指の部分の隣接した端は、実質的に現在のタイプの従来の手袋のように、手のひらの部分に隣接した指のつけ根のところでつながっている。しかし、この発明に係る手袋の好ましい実施態様においては、隣接した指の部分は、指の部分の内部の端で、互いに一定の間隙を保っている。このためさらに、この手袋のはめ具合がよくなることがわかった。この軟質シート材料が裂けるような鋭い曲げ角を避けるため、隣接しつながり、互いに空間を保った指の部分のつけ根の部分が、実質的に円弧であるへこんだ曲線となっている。」(2頁左下欄11行ないし右下欄1行)との記載があることが認められ、上記記載に徴すれば、引用例記載の発明は、<1>手のひらに隣接した位置と指の部分の先の部分との中間の位置で最大の大きさに広がることにより、指を曲げると手袋の指の部分から指が抜けることを防止する作用効果、<2>隣接した指の部分は、指の部分の内部の端で、互いに一定の間隙を保つことにより、はめ具合がよくなる作用効果、<3>指のつけ根の部分が実質的に円弧であるへこんだ曲線となることにより、軟質シート材料が裂けることを防止する作用効果をそれぞれ奏するものと認められる。

そうすると、上記<1>ないし<3>の作用効果を実現している構成はそれぞれ別のものであるから、上記<2>及び<3>の作用効果に着目するならば、上記<1>の作用効果に関係する構成である「手のひらに隣接した位置と指の部分の先の部分との中間の位置で最大の大きさに広がる」ことは必要ではないことになる。

(2)  一方、2枚のフィルムを溶着した手袋において、指部分の側縁をつけ根部より指先に向かって延びる直線状の溶着線で形成することが本出願前周知であることは当事者間に争いがない。

(3)  そうすると、引用例記載の発明の上記<2>及び<3>の作用効果に着目し、上記<1>の作用効果に関する構成については、これに代えて上記周知の構成を選択して、引用例記載の発明の各指部分の側縁を直線状にすることは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎないものと認められる。

したがって、引用例記載の発明の親指の部分12や小指の部分16の側縁も直線状であるとした審決の認定が誤りであることは被告も認めて争わないところであるけれども、上記誤りにかかわらず、相違点<1>についての審決の判断には誤りはないというべきである。

2  取消事由2について

(1)  引用例に、「隣接した指の部分の隣接した端は、実質的に現在のタイプの従来の手袋のように、手のひらの部分に隣接した指のつけ根のところでつながっている。しかし、この発明に係る手袋の好ましい実施態様においては、隣接した指の部分は、指の部分の内部の端で、互いに一定の間隙を保っている。このためさらに、この手袋のはめ具合がよくなることがわかった。」との記載があることは、前記1(1)の認定のとおりである。また、前掲甲第2号証及び成立に争いのない乙第1号証(欧州特許明細書第102,992号の図面)によれば、引用例には、従来の手袋として「例えば、欧州特許明細書第102,992号に開示されているタイプである。そのような手袋は通常、あまりよく合わず、そのため、はめるのに具合がよくない。そのため、よく合い、はめた具合のよい上記のタイプの手袋を供給することが、本発明の目的である。」(2頁左上欄17行ないし右上欄3行)との記載があり、欧州特許明細書第102,992号には、各指部分の両側縁をつけ根部より指先に向かって直線状に形成し、隣接する指部分の各側縁が小さな円弧を介して鋭角的につながっている手袋が開示されていることが認められる。

(2)  そうすると、引用例の「実質的に現在のタイプの従来の手袋のように、手のひらの部分に隣接した指のつけ根のところでつながっている」ものには、隣接する指部分の各側縁が小さな円弧を介して鋭角的につながっている手袋も含まれており、引用例記載の発明は、これを前提として、好ましい実施態様として位置付けられているものであるから、引用例記載の発明の「指の部分の内部の端で、互いに一定の間隙を保っている」とは、上記隣接する指部分の各側縁が小さな円弧を介して鋭角的につながっている手袋と比べて、つけ根の部分の円弧の半径をより大きく、指のつけ根の幅をより小さくするという趣旨と解される。そして、手袋の指のつけ根の幅がより小さくなれば、手の指のつけ根の部分と手袋の指のつけ根の部分の大きさがよりぴったりと適合するようになって、指が抜けにくくなることは明らかであるところ、引用例記載の発明の目的が「よく合い、はめた具合のよい」手袋を供給することにあり、引用例が「指の部分の最大幅が使用者の指の関節を受ける位置にあることから、使用するにより具合がよいことがわかった。だから、指の部分が先細である従来の手袋のように指を曲げると、その指の部分から指が抜けるようなことがなくなった。」として、はめた具合について指が抜けることの防止を考慮していることからすれば、前記「さらに、この手袋のはめ具合がよくなる」とは、指が抜けることの防止も含まれていると解される。

(3)  一方、引用例記載の発明における、指のつけ根の部分が「実質的に円弧であるへこんだ曲線」は、「軟質シートが裂けるような鋭い曲げ角を避けるため」に設けられたものであるから、シートが避けるような応力を分散するためにはより大きな半径の円弧とすればよいことは明らかである。

(4)  そうすると、引用例記載の発明において、各指部分の両側縁をつけ根部より指先に向かって直線状に形成しようとすれば、「実質的に現在のタイプの従来の手袋」とされる隣接する指部分の各側縁が小さな円弧を介して鋭角的につながっている手袋に対する「好ましい実施態様」として、つけ根の部分の円弧の半径をより大きく、指のつけ根の幅をより小さくすることになり、その結果、つけ根部における円弧は、直線状とした溶着線よりも内側に入り込むことは明らかである。そして、それは、引用例記載の発明の「指の部分の内部の端で、互いに一定の間隙を保っている」との構成とも合致するものである。

(5)  したがって、引用例記載の発明において、各指のつけ根部分を指部分の両側縁に内接する円弧の半径より、大きな半径の円弧で形成して側縁より内方に引き入れ、その端部を反転せしめて隣接する側縁の下端部に連結するようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項というべきである。

(6)  もっとも、原告は、引用例記載の発明には指のつけ根の幅W1を小さくするという技術的思想が存在しないと主張する。しかし、引用例記載の発明が、隣接する指部分の各側縁が小さな円弧を介して鋭角的につながっている手袋を前提として、これに対して指のつけ根の幅を小さくしたものであることは上記認定のとおりであって、原告の主張は理由がない。

次に、原告は、引用例記載の発明の指のつけ根部分の半径Rの円弧は、指のつけ根の部分において隣接する側縁の間の幅と同じ幅であり、これを更に大きくしようとするような技術的思想は存在しないと主張する。しかし、引用例記載の発明は、隣接する指部分の各側縁が鋭角的につながっている手袋と比べて、つけ根の部分の弧の半径をより大きく、指のつけ根の幅をより小さくして一定の形状としたものであるから、各指部分の両側縁をつけ根部より指先に向かって直線状に形成しようとすれば、上記一定の形状を保つために、つけ根部における円弧は、直線状とした溶着線よりも内側に入り込むことになると解されることは上記認定のとおりであるから、原告の上記主張も採用できない。

また、原告は、本願考案は、(1)手指に装着した手袋が脱落するのを防止する、(2)手袋の指のつけ根部に加わる力が集中することを防いで、その部分のシール強度を高める、という目的(若しくは作用効果)を1つの構造によって同時に満足させるものであるのに対し、引用例記載の発明は、上記(1)、(2)に相当する目的(若しくは作用効果)を各々に対応した2つの構造を各別に満足させようとするものであると主張し、相違点<2>に係る技術的課題(目的)の相違を主張するものと解される。しかし、引用例記載の発明は、隣接した指の部分は、指の内部の端で、互いに一定の間隙を保つことによっても、指が抜けることの防止が考慮されていることは前記(2)の認定のとおりであるから、本願考案と引用例記載の考案の相違点<2>に係る技術的課題は異なるものではない。したがって、原告の上記主張は採用できない。

さらに、原告は本願考案の実施品の商業的成功を主張するが、商業的成功の要因は製品の経済性、デザイン、販売方法など種々のものがあるから、上記商業的成功は、本願発明の進歩性に関する以上の判断を左右するに足りるものではない。

3  以上のとおり、本願考案は、引用例記載の発明並びに周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年5月7日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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